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narative.

物語。日常。代わり映えのしないもの。

情熱。私にはもうないもの。未来。私が失いかけているもの。

「だから、僕たちで思いっきりリアルな写真集団をつくって、この糞みたいな県を変えましょうよ」

 ぼくの横で、Aくんがボトルを動かしながら先生に言った。足下にはD800が置いてある。B先生は、うんうん、と頷いて、それから二科がどれだけ前時代的で、そしてこの県の写真がどれだけ停滞しているのか再び語り始めた。Aくんは深く首肯しており、その熱を帯びた顔がただ酒の入ったせいではないことがわかる。

「俺はね、決まり切った型の、いわゆる二科的な写真は好きじゃないんだよね」そこまで言うと先生はハイボールをぐっと飲んで、すこし俯きながら「俺が出したあの写真ね、いや、泥臭い、ウケない写真なのはわかってた。でも、俺はあれが好きなんだ」

「僕は先生の写真好きでしたよ」

「ありがとう。でも、結局あれは一票も入らなかっただろ。それもわかる。あれは二科的じゃない。でも俺ぁ二科的な――ああいうこざかしい写真は好きじゃない。俺は被写体と真っ向からぶつかってこそ写真だと思っている。そういう意味で、君が撮っているポートレート、あれは二科的だったけど――あの、あれはよかった。そう、あのときのやつ――悔しかったな。こんな若いやつがこれを撮ったんだって。悔しかった」

 悔しかった、と二度呟いた先生は、改めてハイボールを口に運んだ。

「そうなんですよね。そう、僕も、やっぱ写真はウケが必要なのかなって思って、学校でも学んでいるし、ああやって技術的に苦心しながらポートレートなんて撮っているけど、本当はもっと正面から被写体にぶつかりたい。僕、昔は独りよがりな写真を撮ってた。でも今の学校で学び始めて、この間撮影会であそこのおばあちゃんとかとずっと話をさせてもらって、それで撮れた写真を見て、これだって思ったんです。人が写ってるって。写真は人と向き合うためのものなんだって。いろんな人との出会いがあって、話をして嬉しくて、楽しかった。それが写真なんだって思いました」

 先生は赤ら顔を、感心した様子で小さく動かした。それから唐揚げをひとつ小皿に取って、

「いやぁ、すごいね。まだその年なのに、そこまで考えている。すごい」

 そう言って一口で食べきった。

「そうですよね。自分たちがこの歳のとき、果たしてこれが言えたかどうか考えさせられますよね」

 ぼくは笑いながら、二人に向けた。

「そうだよなあ。写真の本質をわかっているよ」

「いや、いや、いや、僕はただ思ったことを言っただけなんです。これが本心なんです。でも、やっぱり心がどこかにいって綺麗なだけの写真を撮るときがある」

「そうね、俺もそういうものが撮りたいときがある。そういう意味でCは小賢しいけれどもすごいんだよ――いや、これは褒めてるんだ。あれは俺には撮れないからな。あれも写真なんだ」

 ありがとうございます、と笑ってぼくは刺身を食べた。

「だから、みんな自分の好きなように撮ればいいと僕は思うんですよ。二科的じゃないとか世間のウケがどうとか、知らない。自分の表現だと胸を張って好きなものを好きなように撮ればいいんですよ」

「そうだよなぁ」

 周りにはずいぶん客が少なくなった。いや、もしかしたらぼくたちしかいないのではないか。時計がないからわからない。

「俺たちが動いてここを変えていくしかない。ほんとに写真展とかやりたいね。こう、信頼できるメンバーだけ集めてさ。精鋭だけを」

「やりたいですね。絶対面白いですよ」

 いいですねぇ、とぼくは相づちを打って、ローストビーフを食べた。

「リアルな写真集団を作ろう。この県を変えていけるような、クオリティの高いものを作っていけるような。ノウハウとかは俺が提供するけど、若い人に先頭に立って欲しいな。まずはやっぱAくんと、Cで」

「ぜひやりたいです。絶対いいですよ、凄いものをつくれるはずです。でもB先生みたいな人が先頭じゃないと……」

「いや、いや。俺が先頭に立つとそれは二科と同じだ。俺は嫌われているし、やっぱりそこはAくんがリーダーシップをとらないと……Cでもいいんだけども」

 ぼくはAくんがいいと思いますよ。そこはAくんじゃないと駄目だと思います。こちらへの先生の視線を受けて、大仰に頷いてみせた。それからポテトサラダを口に入れた。

 Aくんが追加の飲み物が欲しいらしい。カウンターへ声をやると、もう時間だそうだ。それを告げて、「じゃあ食べるものだけは食べるか」と先生が改めて皿に手を出し始める。

「今日は本当にいい飲み会だった。今日は本当にやってよかったな。こんな話ができて……嬉しいよ」

「僕もです。今日は楽しかったです」

 ほんとですよね。いい日ですよね。引きつるぐらい笑って、残ったフライドポテトを全部つまんだ。

「いやあ、楽しかった」

「僕もです」

「写真展はぜったいやろうね。また定期的に集まろう」

「はい、また集まりましょう」

「あ、すまん。Aくん二千円出してもらえないか……Cはちょっと今生活がね、ほんとに厳しくて……Aくんにだけ出させるのは本当に申し訳ないんだけれど」

「いいですよ、いいですよ。気にしてません」

 すみません、ほんとうに。すみません。Aくんと先生に頭を下げて、残ったウーロン茶を飲み干す。

「こんな熱い話、大学じゃ絶対できないからほんとに楽しかったです。Cさんもオールドレンズへの熱い想いがあって、先生はもうほんとに写真観が熱くて……」

 A7にライカレンズを付けて解像度の虜になったという話をAくんはしていた。ぼくはそれを受けて安いM42レンズをアダプタでずっと使っていた話をしたのだった。今は何時なのだろう。だいぶ話した気がする。

 

・・・

 

「今日はありがとうございました」

「Aくん、C、ありがとう。またな。また集まろう」

「また集まりましょう」

 またぜひ。先生に告げて、ぼくとAくんは途中のコンビニまで帰路を共にした。

「写真ってなんなのかわからなくなるときがありますよね」

 そうですよね、果たしてバズる写真がいいものなのか、というとそうでもないし。情報量が多い社会だから写真もぱっと見の“よさげ”で判断されて難しいですよね。思えばぼくは帰りがバイクなので、ひとり酒が入っていない。今までの話をまとめて、考えて喋っている。

「そう! そうなんですよ。あの流行ってるインスタ風の写真とかほんと嫌いで。なんだあの色って。写真本来のものを失ってますよ」

 最近ぼくはインスタにばかり写真をあげている。そういえばDSLRを持っていたとき、パソコンで現像するときはインスタ風に色味を整えるのがマイブームだったなあと思い出しながら、

 そうですよね。“風”でしかないんだよね。ぱっと見の印象だけで情報として写真を処理しちゃう。本質があるかというと見る人に伝わっているかどうか、わからないね。

「難しいですよね。そういうこと考えてたら、今自分が撮っている写真が果たして良いのか悪いのか、それともこれほんとに写真なのかどうかもわからなくなっちゃって」

 そうですよね。と感慨深げに頷き返したけれど、ぼくはそれを考えたことがなかった。

 

 コンビニでAくんと別れた。楽しかったです、ありがとう。頭をさげて、Aくんは裏手のマンションに消えていった。

 周囲から一気に熱が引いたようなおもいがする。春の夜風はからだを冷やすほどではないが、頭は少し冷える。今日は楽しかった。

 楽しかった。

 そういえば。飲み会での話の途中、先生がぼくに触れてこう言ったか。

「お前はお前で大人として大事なところを見ているからな。それは重要なことだよ」

 バイクを停めたコンビニでボトルコーヒーを買い、財布の残りを見る。あと千円しか入っていない。コーヒーを飲むと、酸味が強くてあまりおいしくなかった。家で飲もう。家には家で粉がまだあるんだけれど……

 バイクを走らせながら、言いようのない虚しさが襲ってくるのを必死に耐えた。春の田舎、夜道は暗くて先が見えづらい。からだは冷えないが、頭はいやに冷えた。

 

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